京都コンサートホールは会社帰りに行くにはかなり遠いので、最近はなかなか行けてない。今年の京響はこれで2回目。演奏内容、実力ともに関西では最も優れているオケなのでもっと聴きたいのだけれど。。。いつも平日の京響はあまり観客が多くないのだが、今日はホール前方はほぼ満席に近く、全体としても8割ほど埋まっていた。ソリストのゼルキン目当てなのか? プログラムなのか??
1曲目はそのゼルキンのソロによるブラームスのピアノ協奏曲第1番。ピーター・ゼルキンは言わずと知れた名ピアニスト、ルドルフ・ゼルキンの息子である。母親も作曲家・アドルフ・ブッシュの娘だったということもあり、恵まれた環境で育ったため、早くから活躍している。それだけに人気が高いのかも知れないが、今日の演奏を聴く限りでは、特に特徴という特徴も見られず、印象としては薄かった。ピアノが入るまでのオケは力強く推進していたが、ピアノと合流してからはどことなく窮屈な感じがした。大友氏の力強く流れるような指揮と異なり、ピアノがクセのあるような弾き方だったので引っ掛かっていたのかも知れない。オケの方も金管が何度か外すなど、集中力に欠けていた感じだった。弦楽器は相変わらず金属的で線が細いものの、調子は良かったのが救いか。ピアノは力強さがあったので、もう少し指揮者と波長が合っていれば良い演奏になっていたかも。個人的にはちょっと不満の残る演奏だった。
それに引き換え、後半のR.シュトラウスは期待通りの秀演となった。今年の3月に大フィルで同曲の素晴らしい演奏を聴いているが、京響も負けていなかった。どちらかといえば京響の方がより「R.シュトラウス」っぽい。繊細な弦楽器の響きがそのような印象を持たせるのだと思う。それに加えて、安定した管楽器やメリハリのある打楽器、柔らかな木管、と技術は十分なので、期待通りなはずである。少し残念だったのは、コールアングレの出来がイマイチだったことか。R.シュトラウスの曲は複雑なので聴く方も大変なのだが、大友氏の明確なタクトのおかげで非常に分かりやすく、楽に聴くことが出来た。是非ともR.シュトラウスの主要管弦楽曲をシリーズで演奏してもらいたいものだ。
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